浅葱

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おわかれ

歯を抜いた。健康な歯だった。虫歯でもなかった。。でも、歯並びの関係で、その歯との間の歯茎が原因不明の痛みで夜も眠れない日々が続いたりして。なんだか分からないけど抜いた方がいい。という話になった。私は、子どもの頃から歯医者好きな親の影響もあってか、人一倍、歯に愛着があった。綺麗でも、歯並び良いわけでもないけど虫歯は割とない方だと思う。だから、虫歯でもない歯を抜くのにすごく抵抗があった。何年も悩んだりした。でも、痛くなる頻度が多くなって観念した。抜いてくれた歯医者は腕は良いがすごくドライな人だった。数分であっという間に抜いて。とっとと診察室から待合室に追い出された。こんなオバサンが言うのも何だけど、とても歯と別れ難かった。なんなら持ち帰りたかった。今まで元気に一生懸命働いてくれてた歯。だけど、歯医者さんはまさか私が歯を持ち帰りたがってるなんて思っても無さそうだったし、オバサンでそんな人もいないのだろう。私も恥ずかしくて言い出せなかった。せめて…と目を瞑っている間に取り去られた歯の事を聞いた。「先生、歯は健康でしたか?」気持ち悪がられないよう、何でもない事のようにそう言うのがやっとだった。「健康でしたよ」歯医者は言った。「…そうですか。はは、よかったです」何が良かったのか分からなかったが、そう言うしかなかった。なんだか泣きそうだった。持ち帰りたかった。持ち帰ってどうするのかはわからない、でも歯をねぎらいたかったし、別れ難かったのだ。このままだと、歯医者のゴミ箱に捨てられるのを想像した所為でもある。でも、言い出せなかった。恥ずかしくて。大人げないし。今でもまだ悩んでるというか、後悔してる。かわいいペットか、子どもと生き別れる心境だった。馬鹿らしいけど。でも、心の中で勝手に思うくらいは許して欲しい。気持ち悪くても。口に出してダダ捏ねたりしないからさ。ここでだけ、呟かせてほしい。ありがとう、今までありがとうね。ばいばい、歯。